妻への感謝

image1

毎日、毎日、3食ご飯を作り、大量の洗濯を洗い、干し、畳む。お風呂に入れて、寝かしつける。これを365日休まずこなす。自分の母は当たり前のようにやってくれていた。

そして、今自分の妻はそれを当たり前のようにやってくれている。当たり前のように毎日を過ごしていると、それは本当に当たり前のように感じる。
夫婦だったら必ずこんな喧嘩をするだろう。
俺は仕事が忙しいんだよ!全部家族のためなんだよ!
私だって毎日、毎日子供達のために頑張っているのよ!
家事なんて誰だって出来るだろ!
僕もそんな喧嘩は何回もした。
家事なんて誰だって出来る。。。。
実はここ数日間、2人の子供達と3人で過ごした。僕はその数日で 母の愛情と偉大さ、に気付かせる事になる。
朝、起きて洗濯、食事、掃除、昼食、食器洗い、洗濯取りこみ、夕食準備、献立計画、食器洗い、お風呂、布団準備、寝かしつけ、、すべてが終わると夜10時。そこからやっと自分の時間と思いきや、既に睡魔に襲われる。これは本当に大変だ。
これに加えて子供の学校行事を網羅し、家族の栄養コントロールをこなし、さらに家計をやりくりする。
言い換えれば、世帯の経営者、マーチャンダイザーと言っていいかもしれない。その世帯が経営破綻せず健康的に、健全に子供達を成長させる。よくよく考えると物凄い事であると思う。
我々、父の大体は企業に属し同僚達とと共に会社運営に携わっている。同僚という仲間が多くいる。
しかし、母にとっての本当の仲間は父しかいないと思う。
作業としての家事という労働という観点でいくと、それは誰にでも出来る事かもしれない。
しかし、子供達は母を求めている。子供達にとっては絶対に母からじゃないとダメなのだ。各家族で唯一無二の存在。母でしかあり得ないのだ。
夜3人で寝ていると2人の子供達は揃って
ママが良い。
といってシクシク泣いた。それまではない父と楽しそうに遊んでいたのに、寝る間際になるとフッと寂しくなるのだろう。
やっぱり母の愛情は偉大だ。何にも代えられない。ゆえに、それは当たり前ではないのだ。
自分が生まれてきた事、妻が生まれてきた事、60億人の中の2人が出会い、今ここに一緒にいる事。それはもはや奇跡。その奇跡に改めて感謝していきたい。