INTROーはじめにー
ルースのWEBもバタバタですがリニューアルすることができました!関わってくれた皆様に感謝です。新しいWEBをこれから少しずつ整えて自分たちのスタイルと想いが伝えられるようなカタチに育てていきたいと思いますので、お付き合い宜しくお願いします。
この「FEATURES」ではルースディレクターのコラムやルースの商品紹介、そしてルースとともに時代を築いている仲間たちに登場してもらい、新たな時代を共にポジティブに生きていく為の手引きとなるようなリアルなライフスタイルの情報を発信していこうと想っています。
維新の時代のように様々な仲間(ミュージシャン・アーティスト・活動家)が自らの分野を使命をもって活動しています。我々はフットボールのアプローチから世界をポジティブに導くエネルギーの一つに成れるよう、底辺を支える活動を続けていきます。
Director's colm
『ルースの来た道』
BREAK THROUGHー初期衝動の話ー
当時ボクらは定職にも就かず毎晩のように夜中までフットサルしまくるフットサルジャンキー。そんで週末はJazzy sportのパーティーで遊ぶみたいなルーティーン。就職なんてする気はさらさらない。もちろん金もない。あるのは時間とフットサルでは誰にも負ける気がしないっていう気持ち。そんな感じの青い春。
フットサル以外とくに情熱を向けるモノは他になく時間はたくさんあったから、夜な夜なボールを蹴っては明け方、夜が明けるまで自分たちの未来の展望を語り合っていた。「横浜のベイエリアでドラゴンボールの天下一武道会みたいなストリートリーグやりたいね」とか「世界ツアー行くでしょ」とか「そしたらカワイイお姉ちゃんといっぱいあそべるな?」とかそんな淡い話。
そんな中で見えて来たのが「自分たちでフットサルのブランドをやろう!」っていうこと。当時フットサルブランドと呼べるものは片手で数えるほどしかなく、まだまだ未開拓の市場だった。その上ボクらのようなストリートカルチャーで育ってきたスタイルに合うブランドは皆無だった。
そして何より世の中のメインストリームに対する反骨精神が強かったボクらは、フットボールっていうアプローチから「自分たちのやり方で世界を変えるんだ」っていうイメージを共有して描いていたこの瞬間から金もコネもノウハウもなんもないのに「このメンバーとなら絶対出来る」っていう根拠のない自信があった。そう、若者の特権である「根拠のない自信」がボクらを突き動かしていた。
2005年4月
横浜の長津田で仲間でシェアしていた一軒家の離れ。プレハブのほったて小屋を「好きに使っていいよ」っていわれてみんなで畳はがして板塗ったりリペアして事務所にしたのがルースのブランドとしての始まり。そのときのコアメンバーがソーシ、ミッチー、トヨ、リン、ターちゃん。
人生の意味、生きる術を模索していたボクラがつけたブランド名は「LUZeSOMBRA」(ルース・イ・ソンブラ)=「光と陰」という意味。
『フットボールに無限の可能性を見出す』
あれからもう8年。
当時描いた夢は現実となり、そして未だ夢の中。あいかわらずの当時の仲間に加え個性豊かな面々が集まってルースを支えてくれている。そして現在も同じ志の仲間が増え続けているということ。これ以上に嬉しいことはない。変わった事と言えば、「根拠のない自信」が「確信」に変わったこと。
今後も変わらずぶれない反骨精神でフットボールに無限の可能性を見いだし底辺を支えていく所存。まずは4月28日(日)ベイサイドヨコハマでボクらの夢の続きをともに体感してほしい。peace。
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AUTHOR
Sohshi(ソーシ)LUZeSOMBRA Director
1979製横浜産。デザイナーの両親のもと育ち、学生時代はサッカーに没頭。現代社会に違和感を感じ、ナバホ族やホピ族、ケニアのマサイ族など先住民と触れ合う旅に出てアミニズム精神を体感。02年アフリカ大陸最高峰キリマンジャロ登頂。05年フットサルカルチャーブランド「LUZeSOMBRA」立ち上げ。06年にはベルリンで行われたフットサルの世界大会「adicup」に東京代表JAZZYSPORT futsal teamの選手として出場し準優勝を果たす。現在、フットボールというアプローチからの「生活文化創造」に己の役割を見出し、多彩なクルーと共に”way of life”を発信している。フットサル、サーフィン、登山、スケボー、ヨガなど柔軟な場で楽しみ、地球と調和したライフスタイルを実践中。「健全な肉体に健全な精神が宿る」Natural mystelic futbolista