月別アーカイブ: 2019年8月

娘の夢はファッションデザイナー。

だからこんな夏休みの企画をやるって知った時、すぐさま応募した。

 

チームメイトのF本さんが運営している桜新町のアパレルサンプル工場INDICE 。東京で唯一デニムを1から10まで縫える工場。プロの使用する工業ミシンで子供が実際にスカートを作ってみるというこの企画。是非とも娘に体験してほしかった。

ただ、時間は3時間。息子がこの3時間を耐えれるはずも無く、始めから男チームと女チームに分かれての行動。女チームを工場に降ろして、男チームは車で15分の二子玉川ライズで映画鑑賞へ。LION KING。 (これはこれで素晴らしい映像と音楽で物凄く楽しかった。)

初めての洋服作り。娘も奥さんも本当に楽しめて出来たようだ。

予め裁断された生地をアイロンでしっかり整え、、

プロも使用する工業ミシンで実際に縫製。優しい先生がすごく丁寧に教えてくれたそう。

映画を見終わった男チームも合流し、、、真剣な表情の娘。

そしてついに完成!ギャザーがしっかり入ったスカート。娘が初めて自分の手で作ったスカート。

本当にいい体験が出来たと思う。洋服やバッグが大好きな娘。自分の手で作ったスカートは思い出に残る一生モノのスカートになるかもしれない。洋服のコモデティ化が進み、モノが溢れている現代。一生モノの宝物のような洋服ってクローゼットの中にどれだけあるだろうか?

お母さんからお父さんから、大事な人に譲り受けたもの、記念のTシャツ、、、自分の手で作ったモノは間違いなく大事なモノになるはずだ。

ファッションデザイナーになる夢。小学校5年生の夢。実際に自分の手でミシンで縫ってどう思ったのだろうか。。。娘が最後に書いたアンケートにはこう書いてあった。

『初めてのミシンだったり、アイロンも先生が優しく教えてくれてうまく作ることが出来ました。また初めて見るきかいや色えんぴつみたいなたくさんの糸があってみているだけでもわくわくして楽しかったです。またもの作りをしたいと思いました。またもっと洋服が好きになりました。』

またもっと洋服が好きになった。というのは本当に嬉しい言葉。父としては夢を少し応援できて大満足だ。

最後にスカートと同じ生地でストラップを2本作った。1本父にくれるのかなと思っているが今のところまだもらっていない。。。

息子の夢はインテリアデザイナー。。。それがサッカー選手になるのはいつになることやら。とにかく子供たちには今を精一杯楽しく生きてほしい。父と母が願うのは子供たちの自立と幸福以外にない。

Domingoと共に。

 

 

 

 

生涯現役への道

ついにこの日が来た。手術である。人生初めての手術と入院。前十字靭帯損傷 それが僕の傷名。10日間ほどの入院。昨年から病院にはよく行っている。同年代でこれほど病院に行っている人も中々少ないかもしれない。これまでは看病がメインだったが、今度は自分のほうだ。

周りには数多くの前十字先輩達がいて、色々なお話を聞いており、予備知識は充分だったので手術、入院のシユレーションは出来ていた。手術の際、背中からの麻酔が痛い。手術後の夜は膝が痛くなる。翌日尿道に入れた管を抜くときがメチャ痛い。。。

先輩たちはとても優しい方々でものすごく大げさに伝えてくれたので、メチャメチャ覚悟して臨んだ結果、どれも全然大したことなかったと思えることが出来た。前十字先輩たちには本当に感謝。

病院という不自由な箱の中の自由ではあるけれど、膝に不自由を抱えた僕はこちらも人生初の車椅子生活だ。車椅子用のトイレがある事に感謝。今までいつも疑問に思っていた。トイレに手すりつきすぎじゃない?これって本当に使うのかな?と。これがあって手足の弱ったご老人や、怪我をした人がどれほど助かる事か、、、本当に身にしみて感じることが出来た。

僕はいつだって失ってからか、当事者にならないとその有り難みを感じる事が出来ない。

病院という限られた環境の中でも自分なりに楽しみを見つけて、日々を乗り越えている。

これから約1年間、蹴れない。この現実を受け入れることは大丈夫なのだが、、蹴れるようになった時の自分がイメージできない。年末年始、2週間くらい間をあけてしまうだけでコンディションが悪くなっていた中で、1年丸まる蹴らないのである。

今までに無いので想像が出来ない。

元々体力も無いのでさらに体力は無くなる。前十字先輩たちは膝に不安を抱えながら蹴っている。違和感は常にあるよ。と言う。自分のPLAY STYLEを見つめなおすときなのか、この1年が勝負だ。ここでブクブクと太ってはもう蹴球人生終わりである。

しかし、ピンチはチャンス とも言う。

とても素晴らしい先生と理学療法士さんと出会えたことは今までに無いチャンスだ。リハビリは一人で行うものではなくこのようなパートナーが居てくださる。この方々のサポートを受ければそれこそ、今までにぬいイイ身体が出来上がるのではないか?身体のプロに身体を見てもらうことも人生初のことだ。これもまた想像が出来ないことだ。

出会いが全て。感謝。

今出来ることを最大限にして術前よりもリフレッシュした身体を維持しようと思う。チームに合流する日を夢見て頑張ろうと思う。そしてMonday football club に早く出たい。

Domingoと共に。

川のススメ

以前、初めて家族で行った川。その時も同じような表現をしたと思う。

”爽快” とは川のためにある言葉だと思う。

引っ越しと手術の年となる今年の夏。子供たちを唯一連れて行くことが出来た川遊び。向かった先は田代運動公園中津川河川敷 以前行ったところよりもかなり下流のほうで、横浜からも近くて、全般的に浅く、駐車場も無料なのでファミリーにはとてもいい場所。着いたとたんに子供たちと川遊び。

初めは物凄く冷たい川の水。慣れればすぐに気分爽快。浅い川を浮き輪でどんぶらこどんぶらこ。正直、大人には物足りないが、それだけで子供たちは大満足のようだ。

川の後は定番のBBQ! 3ファミリー+友人たちでワイワイガヤガヤ。大好きなファミリーと友人達に川とBBQ。これ以上の贅沢は無いのでは!?毎年、夏は彼らと過ごす事が子供達の楽しみ。

お父さん3人がDOMINGO PLATE DRY TEEを色までカブるという奇跡。考えていることは皆一緒。一瞬で乾くこのTシャツはこんな遊びにはもってこい。ヒザの具合を見ながらいい感じで遊び倒しました。実はこの日初めて川に飛び込んだ自分。。。泳げないこともあり、飛び込みなんて若者の遊びでしょ。とバカにしていましたが、、、メチャ気持ちよかった。。。本当スッキリする感じで何回も飛び込む人の気持ちが分かった気がする。。。もちろん安全を確保して無理の無い飛込みを心がけるのが大事。

魚を捕まえるのが大好きな息子はひたすら魚を追うも、、、川魚をこの網で捕まえるのは至難の業だったよう。今年の新製品となる Jrピステショーパン もかなり調子イイ!いい感じの丈感と気軽さと速乾性は子供も喜んでいた。

どんどん大きくなる子供達。自分よりも小さい子供達の面倒をみているあたりに成長を感じる。どんどん父はこう見守る事が多くるんだろう。娘は来年6年生。終に小学校最後の年だ。本当にあっという間。この幸せをしっかりと味わおう。

Domingoと共に。

継承

LUZ e SOMBRA 2019年のFALL/WINTER NEW SEASONが始まった。

今回のTHEMEは 継承 。

14年前にLUZは生まれ、その翌年に作成したアイテムの数々をリブァイバルする事になった。当時フットサルショップRODAの唯一のスタッフだった僕はこの無名のブランドを必死に伝えていた。その当時書いた記事があるので是非読んでみて欲しい。(10年以上前のページなのでPCのみでしか見れません。)

この当時、LUZ創設の2人は当然、LUZだけでは食っていけずバイト掛け持ちで稼いだ金でパソコンを買ってインターネットの接続もままならないまま、また稼いだ金でLUZ商品を作成し友達に手売りする。という繰り返し。利益はのせてるが儲かってるのか儲かってないのか分からないけど、唯一無二のデザインに喜んでくれる友人の笑顔が嬉しかったのだろう。金は無かったが心は満たされていた。いつか世界のFOOTBALLに革命を起こしてやる。反省は後からしよう。今はとにかくやろう。そんな気持ちでLUZアイテムを作成していたそうだ。

公務員やリーマンなんかにはなりたくねー!

サッカーみたいなダセェウェアは着たくねー!

とにかく女の子にはモテたい!

人と違う事がしたいし、違うモノを身に付けたい!

なんていう今思えば生意気な20歳前半。そんな奴らからのアイテムが周りのみんなに徐々に共感されていった2006~9年。日本の小さいプリント工場でしかモノを作れなかった彼等が今や海外で当たり前のように年間ウン億というモノを生産している。

 

今話せばサクセスストーリー。

 

『過去は変えることが出来る。』

 

とは、KING KAZU から頂いた言葉。結局、過去は現在の見方から考えればいくらだって解釈が変わってくる。LUZの二人は今、誰もが注目するブランドの2人だから、その苦労した過去がサクセスストーリーとして語られる。今も2人がバイトを掛け持ちしながら手売りで売っていたら、、、過去にしっかりしていなかったから定職も就かず、、、と同じ過去なのに全く逆に解釈されていたかもしれない。

今、現在もいつかは過去になる。この『今』をどう生きるか。LUZというブランドを永遠に続けるための旅はまだまだ現在進行形であり、いつかは次の世代に継承しなくてはいけない。

 

堕落していた過去に決別するために、まずは自分たちに革命を起こそう!

 

全てはその一声から始まった。

 

25,6歳のとき、堕落していた自分はマイナスからのスタートだった。そんな自分に革命を起こしLUZもここまでこれたんだから、今の20台の奴らだったらもっと行けるはず。スタートがマイナスじゃないんだから。

とは、創設者の一人michioの言葉。

 

今までの過去は関係ない。これからの行動しだいで過去は変わる。あの時ああしておけば良かった。。。というのは言い訳だ。

今を生きよう。必死に。

Domingoと共に。